「輸出管理、大事ですよね?」おそらく、そう聞かれてノーと答える経営者はいないでしょう。しかし、輸出管理部門の人に、続けて「どう大事なんですか?」と聞いて、もし答えが「国際平和と我が国の安全保障のため」の模範解答だったら、少し心配した方がよいと私は思います。それを受けて「だからしっかりやれ」と言われて、実感としてすんなり理解できる一般社員は少ないはずですから。
また、一般社員の中には、「こういう罰則制度があるから、細かいことを言わずにルールを守れ」と理解している人も多いでしょうが、「規則だから」だけでは輸出管理はつまらないし、海外顧客・代理店とのコミュニケーションが取れないですから、輸出管理のパフォーマンスも上がりません。
管理する側もされる側も「実感として理解できる」ことを目指そう。これが本講座のコンセプトでもあります。本記事では、輸出管理の重要性と詳細についてご紹介します。
目次
輸出管理とは会社のためのリスクマネジメント
とりあえず「天下国家」ではなく「会社を守るため」に頑張るのだ、と捉えれば理解が早いと思います。そこで申し上げたいのが、輸出管理とは会社のためのリスクマネジメントだということです。このことについて3点補足したいと思います。
第1に、リスクとは、必ず災害が起こるとは限らないことを意味します。しかし輸出管理がイイカゲンだと、いわばゴールキーパーなしでサッカーをするのと同じです。もし扱っているのが品目・相手先ともに安全な優良案件だけであれば、管理がイイカゲンであっても問題は起こりません。でも運悪くややこしい案件が来たら(ゴール枠内にボールが飛んで来たら)、大惨事すなわち違反事故の恐れがあるわけです。
第2に、心配すべきは法令違反だけでないことを忘れてはいけません。たとえ合法であっても、世間から後ろ指さされるリスク(レピュテーションリスク)は常に存在します。許可取得が不要なユーザーであっても、とかくの評判ある相手の場合は、「あんなところに売るとは!」と叩かれることもあります。
第3に、だからといって「あれも駄目、これもアブナイ」と禁止ばかりにするのはリスクマネジメントではないということです。そもそもこの世に「絶対安全」は存在しません。どの程度のリスクなら許容できるかを判断するのがリスクマネジメントです。
違反事故のポイント
詳しくは講座本篇の第1講で触れていますが、あらためてサワリを4点書くことにします。
①ペナルティ
外為法は、Max10年の拘禁刑、罰金は法人の違反だとMax10億円が定められています。(ただし、違反額が多い場合は、違反額の5倍までとれる青天井)まだ外為法違反で1億越えの事例はありませんが、違反したのが米国品の場合には米国からも訴追され、米国では億単位の事案も稀ではありません。(実際にそれを課された日本企業の事例もあります)
②行政制裁
実は罰金よりも怖いと思っているのが行政制裁です。違反者に対しては、行政当局の裁量で最長3年間の輸出禁止処分を科すことができます。これを科されると、部品も図面も送れないわけですから、たとえ1ヶ月の処分であっても、海外事業には大打撃です。
③ケアレスミスによる「事故」でも大騒ぎ
私たちがマスコミ報道で接する法令違反(不正輸出)というと、「XX兵器にも転用可能な○○を許可を取らずに・・・」という記述が定番です。更にネット上では感情的な批判や、過剰な言葉が飛び交うことも珍しくありません。しかし現実では、報道されない小違反がその何倍もあります。経産省の分析によると、その大半は知識の不足や社内管理の運用ミスによって生じた「事故」でした。
マスコミ報道された「事件」でも、実態は単なるケアレスミスが原因というものもあります。それは韓国企業からのオーダーで、中国にある韓国系工場へ韓国経由で装置を納入するという案件でした。輸出者が誤って「韓国向け」として輸出手続きをしてしまい「中国向けの許可」を取らなかったという一件です。原因が単純ミスで、かつ最終需要者が韓国系の民生品メーカーで安全保障上の実害など考えられないにもかかわらず、輸出者の代表取締役は逮捕され、識者からも厳しく非難されています。
④違反は全て自主通報が必要
どんなに些細な案件でも違反であれば当局への通報が、《遵守基準省令》により義務付けられています。(自主通報した場合は、再発防止策の提出は求められるものの、罰金などの処罰に至ることは稀です)車の運転に例えると、衝突も何も起こらなくても、制限速度を1キロでもオーバーしたら、そのこと自体が違反すなわち「事故」なのだから、都度警察に届け出なさいということを意味します。

これらのことから言えるのは、悪意がなくても、ミスしただけで大変だということです。それを避けるためには、最小限の「勉強」が必要ということで、本講座の存在価値が生まれると言えるのではないでしょうか。
3つの規制
本講座で取り上げる3つの規制について、簡単に記します。
①リスト規制と該非判定
一口で言うと「アブナイ物」に対する規制です。規制品目リストには、軍事転用が懸念されるようなハイスペック品が掲載されており、それをここでは「アブナイ物」と呼ぶことにします。そういうものは誰に持たせてもアブナイので、世界中どこ向けであっても規制されます。
経産省の統計によると、違反事故原因の第1はリスト掲載品か否かの判断(「該非判定」)のミスでした。
②キャッチオール(Catch All)規制
リスト規制が「アブナイ物」の規制なら、キャッチオール規制は「アブナイ者」向けの規制といえるでしょう。
たとえ陳腐なロースペック品でも、「アブナイ者」にもたせたらアブナイという趣旨の規制です。リスト規制の対象から漏れたロースペック品を対象として、用途や需要者の素性に焦点を当てて規制します。
言葉だけでは頭に入りにくいかもしれません。次の図で大体のイメージを掴んでいただければと思います。
案件の性質 品目の性質 |
“普通”の用途・需要者 | “アブナイ”用途・需要者 |
ハイスペック(アブナイ物) | リスト規制で要許可 | |
ロースペック | 許可不要 | キャッチオール規制で要許可 |
③米国再輸出規制
再輸出規制とは、一旦輸出した米国製品を、輸出先の国(例えば日本)から第三国へ輸出する行為を、米国政府が取り締まろうという趣旨の制度です。近年、米国政府の対中規制強化に伴い、日本でも違反を避けるため注目を集めています。
詳しい話は本篇に譲り、ここでは「EAR対象品」の見極めについて重要ポイントを述べたいと思います。
EAR対象品問題の手強さ
再輸出管理で面倒なのは、米国原産でなくても規制対象になることがあるということです。例えば日本で製造したものでも、米国部品を多量に搭載、米国図面に基づき製造、あるいは米国CADソフトで設計といった場合、規制対象にカウントされることがあります。(全数ではありませんが)
米国製か否かは問わず、この規制の対象となる品目を、法令名(Export Administration Regulations)に因んで「EAR対象品(subject to the EAR)」といいます。日本製でも対象になりうる、とはいかにも手強そうでしょう?
規制構造2段階論の落とし穴
規制の建付けは「EAR対象品に対して、各種規制(リスト規制や用途・需要者規制など)をかける」の2段階となっています。
となれば企業の管理も、「第1段階」すなわち「EAR対象品か否か」から始める、と思いますよね?たしかに昔はそれでよかったのです。それが近年風向きがおかしくなりました。
というのは、最近「EAR対象品」に追加された非米国原産品の多くは、仕向地や客先によって同じモノが「EAR対象品」になったりならなかったりするからです。例えば、イラン向けや中国の半導体業界向けだと「EAR対象品」になるものが、インド向けなら「EAR対象外」になるというように・勿論「どこ向けであってもEAR対象外」というモノもありますが、案件の性質によって2つの顔を持つモノも少なくありません。
非米国産 | 米国産 | |
---|---|---|
米国部品や米国技術/ソフトの「世話」に | ||
全くなっていない | 多少はなっている | |
案件の性質によらず 全てEAR対象外 |
地域や客先によっては EAR対象(Case by Case) |
案件の性質によらず 全てEAR対象 |
案件ベースで考える時代に
「どこ向けであってもEAR対象外」かにこだわる時代ではなくなったということです。つまり「EAR対象品」か否かは「モノ固有の特性」ではなくなってきているのです。モノベースではなく案件ベースで「この案件ではどうか?」の把握が必要になったのです。
輸出管理についてもっと詳しく学ぶためには
そんな輸出管理を学びたい方向けにSATでは技術者スターター講座100「輸出管理」を用意しています。市場要求の変化から、品質表の作成まで、世界に通用する輸出管理スキルを身につけたい人におすすめです。
ぜひ、輸出に関したマネジメント全体の骨組みを学び、会社の輸出管理部門に不可欠な人材を目指しましょう。