製造現場や製品開発の現場では、「なぜこのような不具合が起きたのか」「製品の品質をより高めるには、材料のどの性質に着目すればよいのか」といった問いに日々直面します。これらの疑問に答えるためには、目に見える情報や直観的な判断にとどまらず、材料の内部構造や表面状態、さらには微量成分の分布といった”材料の本質”にまで踏み込んだ理解が求められます。その際に不可欠となるのが「分析」技術であり、中でも「表面・物理分析」は、材料の組成や構造、物性といった多様な情報を科学的に取得し、それらをもとに製品の特性を評価・最適化するための中核的な手法群です。今回の講座では、そうした分析技術にこれから触れる若手技術者や、分析に関わる業務を実務として担当する方々を対象に、「表面・物理分析」の基礎から応用までを幅広く、できるだけわかりやすく解説しました。この記事では、講座の中から重要なポイントをご紹介します。
目次
原理の理解が分析を深める
表面・物理分析は、前処理に検討を要する化学分析と異なり、装置に試料を入れればデータが出てくるように見えるかもしれません。そのため、装置の使い方やデータの読み取りが中心の技術に思われるかもしれません。しかし、分析結果を正しく理解し、目的に応じて適切な手法を選び取るためには、「その分析がどのような原理で情報を得ているのか」という視点が欠かせません。
表面・物理分析は、基本的に「プローブ(刺激)」と「シグナル(信号)」の組み合わせで成り立っています。つまり、試料に対して何を当て(刺激)、何を検出しているのか(信号)を理解することで、その分析法の特性をある程度把握できます。
たとえば、光(赤外線、X線、レーザー光)を利用する手法では、非破壊的で高い物質の透過性を利用できる特徴がありますが、波長による制限で焦点を絞るのに限界があります。一方、電子線やイオンビームといった粒子を用いる手法では、荷電粒子を用いることでビームを絞ることができ、また物質との強い相互関係により、深さ分解能と空間分解能が得やすくなります。

分析装置の基本原理を「刺激と信号」という観点から理解しておくだけでも、手法の選定やデータ解釈が格段にスムーズになります。本講座では、この原理的な視点を軸に、実際の分析手法を体系的に学べる構成としています。
表面・物理分析とは?
「表面・物理分析」とは、材料の「形」「構造」「組成」「物性」などを明らかにする分析手法の総称です。扱う情報は微細かつ広範囲で、たとえば以下のような技術が含まれます。
原子間力顕微鏡(AFM)
探針を試料表面に近づけ、表面との間に働く微小な力を検出することで、ナノメートルオーダーの試料表面の凹凸を可視化します。
走査型電子顕微鏡(SEM)
電子線を試料表面に照射し、反射電子や二次電子を検出して表面構造を観察します。数十万倍まで拡大でき、微細構造の確認に適しています。X線検出器(EDS)を併用することで、局所的な元素分析も可能です。
X線回折(XRD)
物質に含まれる結晶の種類、配向、結晶サイズを非破壊で評価します。製品内部に生じた析出物や反応生成物の同定にも役立ちます。
顕微赤外分光(FTIR)、ラマン分光
材料中の官能基や分子構造を同定します。分解・劣化や添加剤の解析にも有効です。
熱分析(TG/DTA/DSC)
材料を加熱しながら質量変化や熱の出入りを測定。分解、融解、ガラス転移など、材料の熱的安定性や反応挙動が明らかになります。
表面分析(XPS、AES、TOF-SIMSなど)
ナノスケールの極表面に注目し、どのような元素が存在するか、その化学状態や分布を詳細に調べることができます。機能性材料やコーティング処理、接着面の分析などに不可欠です。
透過型電子顕微鏡(TEM)
ナノ構造や結晶欠陥の観察が可能で、分析手法としても利用されます。X線検出器(EDS)や電子エネルギー損失分光(EELS)などの機能を使えば、極めて微小な領域の組成が把握できます。
複数の手法を組み合わせる意義
表面・物理分析では、1つの手法ですべてが明らかになることはほとんどありません。たとえば、異物が見つかった場合、AFMやSEMだけでは形状しかわかりません。そこで、組成分析のためにEPMA(SEM-EDS)、XPS、SIMSなどの手法を組み合わせて使います。
分析結果も、測定手法の「検出深さ」や「検出感度」によって大きく異なることがあります。したがって、異なる視点から多角的に確認することが、正確な判断に繋がります。
本講座では、こうした分析の組み合わせ方を「実例」を通じて学ぶ構成にしています。
実例から学ぶ:身近な材料を分析してみる
講座内では、市販の材料を題材に、実際にどのような分析を行うかを解説しています。
市販のアルミニウム箔
- AFM:表面の凹凸の状況を調べることができます。特にAFMによる表面粗さの数値化は見た目の違いを明確な違いとして明らかにします。
- SEM:AFMではわからない内部の組成の違いもSEM像から可視化されます。
- XPS:酸化膜や機械油の焼成残渣(炭素)があり、微量のフッ素が検出されることもあります。表裏の仕上がりの違い(鏡面状と鈍い面)は、圧延工程に由来しますが、表面の酸化状態だけでなくごく表面の炭素量の違いを調べることができます。
- EPMA、AES:アルミ基材にはMgやFeなどの成分が含まれており、場合によってはアルミニウム箔内部に金属粒子として析出します。FIBを組み合わせて異物部分の断面を作成したり、AESによる深さ方向分析をおこなって内部の組成を調べることができます。
市販の電子レンジ用ラップフィルム
- SEM:断面をSEM観察すると、内部の構造が分かります。反射電子像(COMP像)によって、フィルム内部は複雑な構造を持っていることが推定されます。
- 熱分析、FTIR:ポリエチレンとナイロン6,6が多層構造で組み合わされた複合材であることが分かります。FTIRのうち、特にATR法で深さ方向の分析を行うと、表面がポリエチレンで内部にナイロンがあることが明確になります。
- XPS:XPSで化学組成を調べると、表面の組成がポリエチレンとわずかに異なっていて、窒素や酸素を含む有機物が存在する可能性が定量値として示されます。
- TOF-SIMS:TOF-SIMSで表面分析を行うと、表面に特定の有機物が存在することが分かり、化学種が特定できることがあります。また、TOF-SIMSで3次元の深さ方向分析を行うことにより、繊維状のナイロンが一方向に並んでいる構造を視覚的に把握できます。
このように、複数の手法で一つの材料を分析することによって、より深く構造や特性を理解することができます。
また、それぞれの分析手法の特徴だけでなく、検出深さや検出面積によって、組成分析の結果が大きく異なることも理解することができます。
表面・物理分析をもっと詳しく学ぶためには
表面・物理分析は、材料や製品の性能を支える重要な技術であり、産業界・研究現場を問わず幅広く利用されています。その一方で、一見した印象とは異なり高度な専門性が求められるため、初心者には敷居が高いと感じられることも少なくありません。
SATの技術者スターター講座100「表面・物理分析」では、そうした壁を乗り越えるために、分析原理や装置の仕組みだけでなく、「なぜその手法を使うのか」「どのように使い分けるのか」といった実務視点を重視して構成しました。
これから分析に関わる方はもちろん、「なんとなく」で装置を使ってきた方にとっても、新たな気付きが得られる内容です。ぜひご活用ください。